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    文科系乱読アカデミックニート養成ブックリスト【日本編・2/2】第2版

    承前、後半の50冊である。
    書影は別エディションや類書の場合もある。

    第1版公開:2011/03/28 第2版公開:2013/02/10

        
    【51】1985 赤瀬川原平『超芸術トマソン』(ちくま文庫、1987)
     震災復興で激動する街を今和次郎の考現学【→9】が捉えたように、バブルに沸き再開発の荒れ狂う東京を舞台に「路上観察学会」を組織し記録した人々がいた。林丈二ら【→48/60/69】も加わっていたそのグループの代表格が前衛芸術家の赤瀬川である。本書では、建築や路上に何のためにでもなく美しく残存する諸々の物件を「トマソン」と名づけ紹介した。この分野では古典なので避けては通れまい。
    【52】1986 手塚治虫『火の鳥 10・太陽編』(朝日新聞出版、2009)
     手塚のきちんとまとまった長編としては最後のものかもしれない(シリーズ全体では勿論未完ではあるが)。一篇の中で過去(壬申の乱)と近未来を行き来する構成はシリーズ中でも唯一ではなかったかと思う。それゆえに分量も大きく、読み応えも大きい。
    【53】1986 小松和彦『新編・鬼の玉手箱―外部性の民俗学』(福武文庫、1991)
     しかし民俗学系【→20/22/27/49/86】の本が多いな。それについては、専門外だからこそ趣味で楽しく読んでいる面が大きいと思う。古来よりの民俗の背後に隠された異界をめぐる軽めの文章を主に収める。陰陽道の系譜に連なる「いざなぎ流」の話などを本書で知った。【→74】などの参考にもなるか? より専門的になるが「憑霊信仰論」という著作も面白い。
    【54】1987 小林恭二『ゼウスガーデン衰亡史』(ハルキ文庫、1999)
     小さな遊園地の発達史がエスカレートし、いつの間にか欲望を吸って肥大し国まで牛耳る。もちろんタイトル通り衰亡の道を歩むわけであるが…。バブルに背を向ける系【→51/59】はちゃんと時代を経ても読ませるものが多い気がするな。
    【55】1987 中野孝次『ハラスのいた日々』(文春文庫、1990)
     【→26】とともに、犬愛好家の涙を誘ってやまない著者の代表的エッセイ。柴犬の一生もの。わんこ! わんこ! わんこ!

        
    【56】1987 澁澤龍彦『高丘親王航海記』(文春文庫、1990)
     仏法を求め入唐しその後天竺を目指した実在の親王に取材した、澁澤龍彦の最後の小説。幼時の刷り込みで猟奇の徒と化した親王の南海行。見えるものと想われるもの、正気の認識と狂気の産物、現と夢が相互侵犯し、病み衰えた脳髄に息づく時なにが起こるか―。
    【57】1988 唐沢なをき『カスミ伝(全) 』(エンターブレイン、2008)
     くノ一漫画の体裁をとった実験漫画。マンガ表現のあらゆるお約束を手玉にとった刺激的な大傑作。この手のメタ的ギャグ漫画【→60】は、60~70年代の「ガロ」や「COM」の頃にはあっただろうし、絶頂期の「天才バカボン」でも試みられていたが、ここまで極めたのは唐沢なをきが空前絶後。
    【58】1988 泉昌之『ズミラマ』(双葉社、1988)
     泉昌之は年代相応に古びている辺りが、80年代後半のギャグマンガを知るのにちょうどいい。世代を越え得ない作品を読むことにも意義はあると思う。本巻は四コマ主体。
    【59】1988 三好銀『三好さんとこの日曜日』(小学館、1992)
     本作で売りだした後沈黙した三好銀は、一昨年くらいから「コミックビーム」【→58/73/75/89】上に短編を発表し始めた。その第一回で気になるものがあり、当時は叩き売られていた本書を早速買ってみたのは我ながら先見の明があった(再デビュー後のいま買うと千円はする)。夫婦と猫の西荻生活を淡々と描く、などと書くといかにも陳腐な腐れ中央線サブカル漫画と受け取られそうだが、そんな手垢のついたものではない独自の空間を創造できている。
    【60】1988 とり・みき『遠くへいきたい』全5巻 (河出書房新社、1997-2007)
     長く雑誌に連載された作品。正方形を3×3の9コマに区切ったフォーマットが一貫しており、その枠組みの中で可能な様々な実験【→57】が試みられ、あるいは不条理かつセンス・オブ・ワンダーに満ちたギャグが提示される。閃きがありつつ理に落ちる面白さはSFに通じるかもしれない。

        
    【61】1989 相原コージ・竹熊健太郎『サルまん サルでも描けるまんが教室』全2巻 (小学館、2006)
     (ここから先は90年代。書名でググれば情報も出てくるし、コメントは控えめにする。60冊分もコメント付けるのって大変な労力だった。商売でこれやってる人たちは凄い!) 「漫画の描き方」という本は、手塚【→24/52】や石ノ森によるものが古典として定着した隠れた一大ジャンル。本作はそのフォーマットに従いつつ、コンテンポラリで現実的なヒット漫画指南を提示。また作中作を通じて作品と作家の栄枯を書ききった。【→57】とはまた違う形で先鋭的なギャグを創造した。
    【62】1990 稲生平太郎『アクアリウムの夜』(角川スニーカー文庫、2002)
     【→87】と並んで一部では既に伝説と化した幻想小説の一級品。地下【→100】・水・神秘主義その他諸々に惹かれる者は必読。筆者の本業は英文学者で、稲生の名では他に小説一冊・類書とは一線を画したUFO本一冊などを出している。
    【63】1990 筒井康隆『文学部唯野教授』(岩波現代文庫、2000)
     筒井康隆の恐らく「時をかける少女」の次に売れた本。【→37】のようなスラップスティックの筆致健在の大学内幕ものと文学理論の名講義とが交互に語られる、普通ベストセラーにはならんような本なのだが…。講義編は本邦第一線の文学理論家のお墨付きを得たもので、入門にもよいだろうと思う。
    【64】1990 山下洋輔『ドバラダ門』(新潮文庫、1993)
     筆者は周知のように高名なジャズピアニストで筒井【→37/63】の盟友。文を書かせても一流。題名は、筆者の祖父であるところの建築家が明治期に建てたケッタイな門のこと。中身もものすごくケッタイなので紹介に困る。まずはご一読をとしか言えない。
    【65】1990 鈴木博之『東京の地霊(ゲニウス・ロキ) 』(ちくま学芸文庫、2009)
     このリストでは東京本をいろいろ挙げているが、本書は【→9/48/51】のような近代都市としての東京の来歴を取り上げたものとは異なり、【→91/100】に近い。つまり、有史以前からの天然の地勢が、いかに江戸東京の街の来歴に影響してきたかを扱っている。リストに入れ忘れたが、陣内秀信「東京の空間人類学」と並ぶこの分野の基本図書だ。最近復刊されてめでたい。高いけど。


    【66】1991 藤子・F・不二雄『未来の想い出』(小学館、1992)
     漫画ファンの中には、藤子Fの真骨頂はSF短編にあると考える向きは多い。私もそう思う。本書はSF短編のセンスで描かれた全1巻完結の中編。漫画は雑誌事情などの制約上無駄な引き伸ばしや短期終了に遭うことが多く、この長さでよくまとまった作品は少ないので貴重である。晩年のF氏に「ドラえもん」ばかり描くことを強いた出版社は?ねばいいのに。
    【67】1991 恩田陸『六番目の小夜子』(新潮文庫、2001)
     有名だし解説するまでもない基本図書だろう。ただちゃんとオチてる辺りが多くの恩田作品とは異なるところ。
    【68】1991 筒井康隆『朝のガスパール』(新潮文庫、1995)
     今はtwitter連動で漫画を描いたり【→60】する、ネット(を通じた読者の声)と作品を連携させた企画も珍しくないけれど、本書はその先駆的なもの。なにしろ1991年というまだwwwも一般には使われていなかった時代に、朝日ネットのパソコン通信を通じた読者参加システムを反映させつつ朝日新聞に日々連載したのだから凄い。作中にはネトゲもミセス・ワタナベも登場し、近未来のIT予想としてもかなり現実的で、いい線いっている。なお、AAや荒らしが早くも出現したパソ通のログは「電脳筒井線」全3巻として刊行されており、「電車男」やらのログ本のハシリとなっている。
    【69】1991 荒俣宏『大東亜科学綺譚』(ちくま文庫、1996)
     學天則の西村真琴【→71】、中井英夫【→31】の父・猛之進、星新一の父・一など、主に戦前の異能の科学者たちの列伝。以上に肥大した探究心というのは政治的にはしばしば侵略の欲望とパラレルに発達するのだが、本書で取り上げられた人々の仕事はやはり帝国主義とリンクしている(その点書名は妥当だ)。なまじの平和よりは、ある意味エキサイティングな時代ではあったようだ。
    【70】1992 竹本泉『アップルパラダイス』全3巻 (ホビージャパン、1994-7)
     一種の奇想SF…といっていいのかこれは。変な話としか言いようのない連作短編集。


    【71】1993 井上晴樹『日本ロボット創世紀 1920-1938』 (NTT出版、1993)
     フィクションと現実の両面において、本邦でいかなる「ロボット/人造人間」が想像【→13/18】・創造【→69】されてきたかを扱っている。膨大な資料を踏まえまとめあげた労作。非常に面白い。
    【72】1993 佐々淳行『東大落城―安田講堂攻防七十二時間』(文春文庫、1996)
     1969年の東大入試を中止に追い込むほどに荒れた学生運動【→99】だが、それは安田講堂陥落を以て一区切りし、以降は連赤事件の不毛な結末へと向かった。著者は機動隊を指揮する側にいた人であるが、学生側の書いた本よりは広い視野でものを見ている。公務員はとかく叩かれるが、さすがキャリアは「全体の奉仕者」としての自覚がある。一マンホール【→48】マニアとしては、本郷キャンパスにある「帝」大時代のマンホールが運動家によって毀損されなかったことが喜ばしい。彼らにはまさしく「足元」が見えていなかったのだと思う。
    【73】1995 永野のりこ『電波オデッセイ』全3巻 (復刊ドットコム、2011)
     レトロSFなどを下敷きにしたコメディの枠内で驚くほど繊細に孤独と救済を描き、ナガノ者と呼ばれる熱烈なファンも多い異能の漫画家・永野のりこの総決算的長編。あまりの総決算ぶりでこれ以降沈黙に近い状況が続いているのは残念であるが、最近復刊されたのはめでたい。
    【74】1996 京極夏彦『鉄鼠の檻』(講談社文庫、2001)
     有名シリーズである。多言は要すまい。長さに釣り合う満足度はこれが一番と思い選出。
    【75】1997 新谷明弘『未来さん』(アスキー、1998)
     コミックビームのわりと初期に【→58/73/89】掲載されていたというSF連作短編集。これが埋れているのはなんとも勿体無い! 奇想と正統、レトロとコンテンポラリの調和した作風に、独特のペン主体の画風が絶妙(まあ絶妙ととるかどうかは人を選ぶとは思うけれど)。余談だが、私が同人誌即売会に行ったのは、筆者の自費出版の短編集を得るためのコミティア一回だけである。


    【76】1999 山川直人『この星の空の下(口笛小曲集所収)』(エンターブレイン、2005)
     またもコミックビーム【→58/73/75/89】系の作家。やっぱり私の如きアカデミックニートな読者にとってこの雑誌は打率高い。研究室の先輩等でも3人くらい読んでるな。ガロの後裔とでもいおうか。この作家もペンのみの画風。
    【77】1999 永瀬唯『欲望の未来―機械じかけの夢の文化誌』 (水声社、1999)
      筆者は(今となっては凋落著しい)と学会メンバー。全くと学会も惜しまれるうちに早いとこ幕引けばよかったのにねえ…というのは余談。【→19】についての良い文献なので選出。他の文章は私にとって題材があまり馴染みがなかったのだが、まあ読んで損はない。
    【78】2000 倉知淳『壺中の天国』(創元推理文庫、2011)
     筆者は脳天気本格ミステリの第一人者で、私はミステリ界の唐沢なをき【→57】だと常々思っている。角書きが「家庭諧謔探偵小説」と来たもんだ。なんだそりゃ、と思うだろうが、正しくその通りの内容である意味感心する。連続通り魔殺人事件の出来した街の主婦が主人公なのだが、一向に事件に巻き込まれるでもないままに後半にさしかかり、一体どうオチがつくやらと思っていると、驚くべき伏線を下敷きにした推理が示される。第一回本格ミステリ大賞というのを番狂わせで獲ってしまった怪作。
    【79】2000 真木武志『ヴィーナスの命題』(角川文庫、2010)
     刊行当時は一部でかなり話題になったらしい、非常に難解な青春ミステリ。真相がはっきり明かされることはなく、読者は登場人物の語りが信頼に価するものか吟味しつつの読解を求められる(所謂純文学では当然のアプローチだけど)。二読三読は必須。私も三読して得た一応の結論があったのだが、もう忘れてしまっている。折角文庫で復刊されたのだから読んでおくべし。
    【80】2000 ほりのぶゆき『旅マン』(小学館、2001)
     旅をしなければ死んでしまう「旅マン」に改造されてしまった男と、彼の前に現れては邪魔をする「旅魔人るるぶ」の珍道中。…ええその通り、おバカなギャグ漫画である。時にはこういうのもいいですぜ。


    【81】2001 小池桂一『ウルトラヘヴン』既刊3巻(エンターブレイン、2001-)
     読むドラッグ。薬物による幻覚の描写といえばいにしえのサイケがあるが、現代における新たな表現として見るべき点あり。
    【82】2001 高田渡『バーボン・ストリート・ブルース』(ちくま文庫、2008)
     「ブラザー軒」【→36】「生活の柄」「自衛隊に入ろう」等で名高いフォークの神様の自伝的エッセイ。あまりに酒を飲み過ぎて早くに死んでしまったのは残念だ。
    【83】2001 米澤穂信『氷菓』(角川文庫、2001)
     最近ではすっかり人気作家となった作者のデビュー作。ラノベのレーベルで出すような青春ミステリに、往年の学生運動【→72/99】なんてテーマを盛り込む着眼点が当時としては独特でいい。
    【84】2001 米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(角川文庫、2004)
     冷戦はあくまで国/国家連合同士でなされたものであり、冷戦下にあっても個々人は国のようには単純に左右東西に分け切れぬものである、ということが実感として解る。プラハのソヴィエト学校で小学校時代を過ごした特異な経歴を回顧し、東欧諸国の体制の変化に翻弄された旧友たちの足取りを追っていく。出色は第三話で、これは米澤穂信【→83】「さよなら妖精」の愛読者にも是非読んでもらいたい。
    【85】2002 沼野充義『徹夜の塊 亡命文学論』(作品社、2002)
     著者はロシア・ポーランド等スラヴ文学や越境・亡命文学研究の第一人者である世界的な文学者(私事ながら我が師匠でもある)。本書は代表的論集。固い論文のスタイルではないのに中身はものすごく濃い、読みやすく為になる一冊。


    【86】2002 遠藤ケイ『熊を殺すと雨が降る―失われゆく山の民俗』 (ちくま文庫、2006)
     また民俗学系【→20/22/27/49/53】の本だ…。いやあ我ながらよく出てくるなあ。マタギ【→26】に興味があったり、野生動物が好きだったりしたら楽しめよう。
    【87】2002 西崎憲『世界の果ての庭―ショート・ストーリーズ』(新潮社、2002)
     構成力によってまだまだ新しい物語をつくりだすことは出来るんだ、と感銘した幻想小説の名作。大体5つか6つの流れに属する断片を繋ぎあわせたスタイルなのだが、「理に落ちる」類の脈絡のつけ方ではなく、曖昧なままの箇所やノイズに近い断片も残される。理屈ではなぜだかわからないのに、見たことのない世界が確かに像を結ぶ。これは読んでもらうしかない。
    【88】2003 笹公人『念力家族』(インフォバーン、2004)
     SF・オカルト・サブカル等に取材したチープかつ奇妙な味の短歌集。はっきり言って収録作の過半はkusoみたいな歌で、ちょっといいと思わせるのさえ3割もない。だが一割くらいは本物が混じる(まあ歌集なんてどんな大家のものでもそんなものかもしれない)。「おっ、これはいいな」と思わされたのは大抵短歌雑誌で入選しており、選者はさすがと思わされた。あるいは、私が在来歌壇の感覚に近すぎるのか? 
    【89】2004 クリストフ・クリタ『冒険野郎伝説 アヴァンチュリエ』(エンターブレイン、2008)
     またも出た、コミックビーム【→58/73/75/76/93】掲載作品。作者は日仏ハーフで、両国のマンガを吸収して自分の画風としているようだ。19世紀SF風の冒険譚とそうした画風が実によく合う。
    【90】2004 辻原登『枯葉の中の青い炎』(新潮文庫、2007)
     表題作はスタルヒンの300勝・呪術・中島敦というとんでもない取り合わせをマジックリアリズム的方法で纏めた傑作短編。文章でならなんでもできる(腕前さえ良ければ)という見本。なおこの作者の講義録に我がコメントが少々採録されているのだが、掲載書は貰えなかった。金くれとまでしみったれたことは言わんが、本くらいよこせと未だに根に持っている少しはしみったれた私である。


    【91】2005 中沢新一『アースダイバー』(講談社、2005)
     水辺や台地の突端に寺社が多いのはなぜか? 縄文から現在に至るまで受け継がれてきた東京の土地に染み付いた記憶を探る。【→65】の発想をより水辺【→100】に特化させたエッセイ。
    【92】2005 梨木香歩『沼地のある森を抜けて』(新潮文庫、2008)
     糠味噌ファンタジーと呼べる小説はこれくらいだろう。
    【93】2005 須藤真澄『長い長いさんぽ』(エンターブレイン、2006)
     猫を看取る【→26/55】話。年取った犬猫等飼っていると応える…。またかよと言われそうだが、またしてもコミックビーム【→58/73/75/76/89】。回し者じゃないぞ。週刊漫画誌のように目先の客受けにとらわれて描かれたのでは消費期限も短期間にとどまり、紹介するほどのものが生まれてこないというだけの話だと思う。
    【94】2005 恒川光太郎『夜市』(角川ホラー文庫、2008)
      暗渠【→100】愛好家の感覚に近いものがこの作者にはあるはずだ。 
    【95】2005 西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』(講談社文庫、2009)
     思いがけず芥川賞を獲って思いがけず売れに売れている作者の商業デビュー作。藤澤清造への傾倒が最も表面に現れた作。それにしても本当に出るんだろうか、藤澤清造全集。2巻目くらいまで出す金は手にしたはずだが。



    【96】2006 佐藤優『自壊する帝国』(新潮文庫、2008)
     著者は鈴木宗男疑惑の最中に「国策逮捕」された外交官(神学修士!!)で、対ロシア外交や諜報についての論客である。ゴルバチョフ末期からソ連崩壊、エリツィン時代までの動きを居合わせた人間の目から具に記したものだが、描かれた権力闘争は神話的でさえある。
    【97】2007 原武史『滝山コミューン一九七四』(講談社文庫、2010)
     「政治の季節」【→72/99】は、70年代には表面的には収束したようでいて実は教育の現場に沈潜していた。そのことを、筆者自身が「団地の小学校」という閉じた空間で経験したことを基に暴いていく。ニュータウンと政治性との関係が気になっていた時読んで膝を打った。
    【98】2007 こうの史代『この世界の片隅に』全3巻 (双葉社、2008-9)
     「夕凪の街 桜の国」という清冽な原爆もの中編が評判になった作者が、呉と広島の戦時下と戦後の生活に材を求めた長編。物語も絵も丹念でそれだけでも見るべき作品だが、同時に漫画表現を巡る挑戦【→57/60】にも取り組んで成功している。なおかつそれが内容とも高次に融合調和しているのに舌を巻いた。既に21世紀、否、第三千年紀を代表する長編漫画という位置づけは確定だろう。仮にこのリストから更に厳選してベスト5を選ぶとしても、私は本書を残す。なお最近映像化に伴ってか全2巻の普及版が出たが、判型も大きい3巻本を推す。
    【99】2009 小熊英二『1968』全2巻 (新曜社、2009)
     上下巻いずれも1000頁超えの大著。当時もののあらゆる証言をひたすら集めてまとめあげた。今後この時代【→72】を論じる者には本書は避けて通れまい(まあ2000頁を読まねば論じる資格なし、みたいになるのはそれはそれで問題である。本書は拾い読みのための便宜をも図ってあるのはいい)。
    【100】2012 『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』 (洋泉社、2012)
     【→65/91】のように東京という土地を成り立ちから解剖する本はいくつかあったが、本書は初めて出た暗渠特化型のムック「東京ぶらり暗渠探検 消えた川をたどる!」を増補し上製本に仕立てたもの。かなりマイナーな暗渠をも網羅してあり、(元々質は高かったが)こんどこそ決定版に近い出来栄え。

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    文科系乱読アカデミックニート養成ブックリスト【日本編・1/2】第2版

    文科系乱読アカデミックニート養成ブックリスト【日本編】第2版

    ・タイトル通りの内容である。延べ四千百余冊/百六万六千頁あまりを読んできた人間として、一旦何かしらのアウトプットを試みるのも面白いと思って作成した(※第2版公開時までに五千百余冊/百三十五万五千頁あまりに達した)。
    ・とりあえず近現代日本の本一〇〇冊を選んでみることにした(活字と漫画はあえて分けなかった)。翻訳編も飽きなければ50冊ほど選んでみたい。
    ・大体の発表年、作編者、書名・作品名、入手しやすい等おすすめの刊本の出版社、出版年を列挙した。
    ・選択基準はいい加減といえばいい加減である。例えば、この手のリストとして定番であるがゆえに入れた本(『黒死館』など)がある一方で、定番だから外した本もある(『ドグラ・マグラ』など)。
    ・とはいえ、自分がなにを読んでいくかという方向性を定める指針になった本という点では基準は一貫している。大げさに言い換えると、まさに乱読趣味人としての私をつくった書物ばかり100冊のリストである(「趣味人としての」と書いたが、それは本業たるアカデミックニート(=人文系大学院生)として役立てた文献は一部しか含めていない、という意味である)。
    ・選んでみて自分の読書傾向のムラがわかった。明治~戦前のものが特定ジャンルを除いて少ないのは、比較的読んでいないのも勿論理由であるが、さほど影響もされていないということだろう。また漱石・有島・太宰・賢治などの定番を避けたことも響いたようだ。
    ・各書のあいだのつながりを番号で示した。たとえば、コメント中の【→50】は、【50】の本とつながりがあることを示す。


    履歴
    第1版公開2011/03/28:小改訂2011/03/29:第2版公開2013/02/09




    【1】1865 平賀元義『平賀元義歌集』(岩波文庫、1937)
     本当は角川文庫版(1959)が一番いいのだが入手困難。元義は江戸後期の岡山に生れた放浪の万葉調歌人で、道に斃れた最期など俳人井月【→50】に似ている点もある。「どーでもいいネタが31文字で書いてありますが、それが何?」と言いたくなる昨今の腑抜け短歌を嫌うひとならば必読。
    【2】1884 三遊亭円朝『怪談 牡丹燈籠』(岩波文庫、2002)
     幽霊噺なのにカランコロンという下駄の足音(つまり、足が生えている)が効果的なのは大陸起源(『剪灯新話』)だから【→3】。ホラーではオノマトペが効いてくる好例。そういえば小泉八雲も、下駄の音は"kara-kon, kara-kon"という具合に日本語のまま残したのだった。
    【3】1889 石川鴻斎『夜窓鬼談』(春風社、2003)
     明治期の漢文体による怪談集の現代語訳。これにも「牡丹燈籠」【→2】のエピソードが入っている。他にも澁澤龍彦がネタ元にしていたり、本邦&支那の怪奇幻想文学を繙くひとには必携。
    【4】1891 幸田露伴『五重塔』(岩波文庫、1994)
     本当に声を出して読むべきはこれである。黙読厳禁! 深夜の上野公園なり谷中霊園なりで朗唱して見給え、新たな都市伝説の主人公になれるぞ!
    【5】1918 宇野浩二『蔵の中・子を貸し屋』(岩波文庫、1951)
     質屋の蔵でじぶんの着物を虫干し「させてもらい」つつ物思いに耽るとは、なんというダメな奴! 貧乏人の鑑である。そんな暇あるなら働けよ。この娑婆でやってけそうにない性向の人物造形が実は乱歩文学【→10】などに影響していたりする。


    【6】1919 和辻哲郎『古寺巡礼』(岩波文庫、1979)
     定番の名著過ぎて解説しにくい。筆者は建築や宗教についての専門家ではないので科学的厳密性は欠くきらいはないでもないが、飛躍する発想の妙は【→91】などにも通じていよう。
    【7】1927 水谷準『お・それ・みを』(ちくま文庫、2002)
     筆者はあの「新青年」【→11/13/14/16/19】の編集にも携わった探偵小説家。息苦しくなるほどの大正~昭和モダニズムの浪漫。
    【8】1928 八木重吉『貧しき信徒(八木重吉詩集所収)』(現代詩文庫、1988)
     長くとも10行程度の短詩ばかりを集めている。「秋」「素朴な琴」などもう奇跡的といってもいいような名作多数。
    【9】1929 今和次郎編『新版大東京案内』全2巻 (ちくま文庫、2001)
     これは装幀込みで味わいたいので、本当は復刻版(批評社、1986)を見て欲しいが入手困難。マンホール【→48】にさえ目を向けていれば完璧だったのにと悔やまれる。
    【10】1929 江戸川乱歩『孤島の鬼』(創元推理文庫、1987)
     乱歩の娯楽長編は発端は良くとも迷走の末グダグダに終わるものが大半だけれど、これは力尽きず完走しきった猟奇の傑作。三大奇書【→13/31】に連ねられないのははっきり言って面白すぎるからだろう。


    【11】1933 渡辺啓助『地獄横丁』(ちくま文庫、2002)
     大家に比べると知名度は落ちるも、1930年代に「新青年」に短編探偵小説を寄せた作家としては実は最高水準の書き手。乱歩【→10】曰く「薔薇と悪魔の詩人」。世界史の素養があり、戦後にはロマノフ王家ものミステリのハシリというべき長編『鮮血洋燈』がある。102まで生きた「新青年」最後の生き証人でもある。
    【12】1933 内田百間『百鬼園随筆』正続2巻 (新潮文庫、2002)
     百間の数多ある随筆はどれをとってもそんなにハズレがない一方、特に抜きん出た一冊もない。とりあえず本書を挙げたが、ちくま文庫の集成から気になったタイトルを選んで読んでみるのもアリ。【→23】
    【13】1934 小栗虫太郎『黒死館殺人事件』(河出文庫、2008)
     三大奇書の一【→31】。「新青年」はそれほど衒学趣味の雑誌ではなかったので、こうした果実を生んだのは奇跡的な幸福として噛みしめるべきか。後世にオマージュやエピゴーネン多数につき、新本格ミステリ等読むひとは一読して損はない。読めればだが。
    【14】1934 徳川夢声『くらがり二十年』(清流出版、2010)
     これほど滔々と語る自叙伝はそうそうない。私は戦前のオンボロ文庫本で苦労しながらも徹夜で読んだが、最近新装完全版が目出度く出版と相成ったんである。大正昭和の弁士稼業を巡る貴重な証言としての価値も高い。
    【15】1935 和辻哲郎『カント実践理性批判 (大思想文庫・18)』 (岩波書店、1935)
     私は思想には弱くカント原典に当たってもよく飲み込めなんだが(但し何を以て「飲み込」んだかのハードルは高く設定してある)、さすがは和辻大人【→6】、実にうまく噛み砕いて教えてくださる。入手はやや困難(薦めておいてなんだがカント自身の『道徳形而上学原論』を読んでも判りやすさは同じかも…)。


    【16】1936 大阪圭吉『銀座幽霊』(創元推理文庫、2001)
     こちらも「新青年」の短編作家【→11】。渡辺啓助が猟奇探偵作家であるに対し、大阪圭吉は本格推理作家の先駆者。創元からは2冊の文庫が出たが、「動かぬ鯨群」「燈台鬼」など海洋に題材を得た作品に興味を惹かれたのでこちらを紹介。
    【17】1937 尾崎一雄『暢気眼鏡・虫のいろいろ』(岩波文庫、1998)
     貧乏夫婦もの私小説だが、一見明朗でむやみに重くないのが愉しい。実は相当酷い状況であるのが段々分かってくるのだけれど。まあそんな貧窮の二人も80や90まで生きたんだから、人間なんてなんとかなるものか…。
    【18】1937 海野十三『十八時の音楽浴』(ハヤカワ文庫、1976)
     海野SFには思いつきで書いただろ、ってな良くてB級悪くてトンデモな作品も多いのだけど、これは極めてモダンな反ユートピアものの名作。道具立て【→71】や設定、人物には表現主義など前衛の影響も見えてくる。
    【19】1937 久生十蘭『魔都』(朝日文庫、1995)
     20世紀初め、魔都といえば伯林・維納・巴里そして上海であった。本書が書かれた1930年代半ば、とうとう帝都東京が「魔都」の栄冠を得るに至った(…そしてそこから先はただ下り坂があるばかりだった)。1934年と35年をまたぐ24時間。失踪した安南皇帝・連続殺人・秘宝をめぐるエスピオナージュが迷宮と化した帝都で展開される。これまた三大奇書【→13/31】に含まれないのは、断じて面白すぎるからである! なお【→77】に本作に関する優れた論考あり。
    【20】1937 知里真志保『アイヌ民譚集―付・えぞおばけ列伝』(岩波文庫、1981)
     岩波文庫全巻の中でも阿呆な話ばかりがこれほど延々と続く本はそうそうないのでは。『ユーカラ』『アイヌ神謡集』などとの対照をかなり意識して編まれた結果ではないかと思う(というか、一時期の民俗学研究って、ちょっと艶笑譚スカトロ譚お下劣譚などを持ち上げすぎてるんだよなあ。「民衆の声!」とかなんとか言っちゃって。本書のその流れかも…)。


    【21】1942 石原莞爾『最終戦争論』(中公文庫、2001)
     石原莞爾は大東亜開戦に反対するも容れられなかったことなどから戦犯にはならなかった異能の軍人。正直言って理解の範疇を超えているので実のある説明は何もできないが、最終戦争論とは、戦争史研究×日蓮宗によって編み出された最終戦争~絶対平和論。わからないなりに凄味は強く感じさせる類の、触れてはおくべき本。
    【22】1943 山川菊栄『武家の女性』(岩波文庫、1983)
     筆者は本邦の女性解放運動の先駆者の一人。幕末の水戸藩の武家に生れた母に取材し、武家という制度の中で女性がどのように育ち日々を過ごしたかを鮮やかに示す。聞き書きの滑らかな口語など、民俗学の範疇においても先駆的な業績だ【→27】。
    【23】1950 内田百間『阿房列車』(ちくま文庫、2002)
     借金談・身辺雑記・回想等【→12】ではなく、旅行記という百間作品のなかではジャンル性の強い作品。鉄道には乗るために乗り、九州で、東北で、大阪で文句ばかり言っている。
    【24】1951 手塚治虫『来るべき世界』(角川文庫、1995)
     初期手塚の描き下ろし長編の中でも完成度は最高だと思う。300頁あまりの本のために手塚が1000頁の原稿を描いたという伝説が藤子不二雄【→66】らによって伝えられている。手塚には旧作を再刊の際に書き換える傾向があったため、初刊本の内容と全集版&当文庫版の内容にも相違がある。小松左京は解説で初版のままのほうが良かった点をいくつか挙げている。手塚初版本の復刻が進んでいるいま、本作も是非原型を読ませて欲しい。【→52】
    【25】1954 杉浦茂『猿飛佐助』(ちくま文庫、1995)
     杉浦茂は、昭和30年代には大人気を誇り、後年カルトに近い位置づけもされた漫画界の長老。笑いの方向性は戦前のエノケン喜劇の継承者といってもいいかもしれない。特徴的な絵柄と台詞回しがいい味だ。実は赤塚不二夫描くところの「レレレのおじさん」の特徴的なデザイン(目と手に注目)は杉浦キャラを踏まえたもの。唐沢なをきも『カスミ伝』シリーズ【→57】で杉浦タッチを模写している。


    【26】1954 戸川幸夫『高安犬物語』(ランダムハウス講談社文庫、2008)
     高安犬は山形県東置賜郡一帯で飼われていた猟犬であったが、昭和初期に純血は絶えた。最後の一頭「チン」に取材した本作は日本動物文学の確立者の出世作。愛犬家必読【→55】。
    【27】1960 宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫、1984)
     日本全国を永年フィールドワークした民俗学の大家宮本常一の主著。辺境(といっても差し支えないだろう)の古老たちの語る生活史を通して、忘れられた~大きな「日本」という枠を成り立たせるために捨象されてきたものがみえてくる。
    【28】1961 永島慎二『漫画家残酷物語』全3巻(ジャイブ、2010)
     内容はタイトル通り、漫画家だったり志望者だったりする主に青年の悶々としたアレである。しかし61年なんて段階でそんなにいたものなんだ、漫画家志望者。トキワ荘組がそろそろ出世しだした頃か? これまた唐沢なをき【→57】が下敷きにしていたりする。
    【29】1961 加東大介『南の島に雪が降る』(知恵の森文庫、2004)
     前進座の役者一家(姉・沢村貞子、甥・長門裕之&津川雅彦)出身で黒澤映画でも馴染みの加東大介は、出征した先のニューギニアで演芸隊を組織するという稀有な経験をした(ただの演芸会の域を超え、劇場まで建てて常打ちしたというから凄い)。その経験を徳川夢声【→14】の勧めで纏めた本書は当時けっこう評判になったそうで、本人主演で映画化もされている。数ある戦記物の中でも異色の佳編。
    【30】1962 今日泊亜蘭『光の塔』(ハヤカワ文庫、1975)
     97まで生きたSF界の長老で、渡辺啓助【→11】と同人誌を出してもいた。もう名前だけでも恐れ入ってしまいたくなるな。「今日泊」で「亜蘭」ときたもんだ! 本書は戦後初の本格SF長編とされる。


    【31】1964 中井英夫『虚無への供物』全2巻 (講談社文庫、2004)
     三大奇書【→13】の一。最初に読んだのは田舎にいた高校生時分で、旧文庫版の惹句「薔薇と不動と犯罪の神秘な妖かしに彩られた4つの密室殺人は、魂を震撼させる終章の悲劇の完成とともに、漆黒の翼に読者を乗せ、めくるめく反世界へと飛翔する」という名文句そのままのアンチ・ミステリの傑作として読んだ。上京後再読三読してわかったのは、物語の舞台として昭和30年代初頭の東京のさまざまな街が心憎いばかりに配置された「東京小説」の傑作でもあるという点であった【→19】。
    【32】1965 広瀬正『マイナス・ゼロ』(集英社文庫、2008)
     広瀬は早世した昭和3~40年代の代表的SF作家。全6巻の文庫版小説全集が数年前に復刊され手に取りやすくなったのがめでたい。極めて完成度の高い、時間SF長編の日本代表である。私はそんなに他のSFを読んではいないが、ためらわず「絶対評価」によって本作を日本代表と言い切ろう! これまた在りし日の帝都への愛惜にあふれた、東京小説の傑作でもある【→31】。
    【33】1965 半藤一利『決定版 日本のいちばん長い日』(文春文庫、2006)
     十蘭【→19】が描き広瀬【→32】が惜しんだ帝都は灰燼に帰し、昭和モダンは断絶をみた。先の大戦の何が悔やまれるかというと、好事家としては第一にこういう点である(正直、大陸がどうのなんて話よりよっぽど)。その戦争が終わるまでの24時間に、皇城と政府中枢ではどういう動きがあったのか。降伏か本土決戦か、その選択が紙一重の危ういところでなされていたことが分かり戦慄する。なまじの小説より面白い。岡本喜八が映画化している。
    【34】1966 中原弓彦『冬の神話』(講談社、1966)
     なるほど、【→33】と並べてみると戦後20年が人々に証言の口を開かせたことが見えてくる。筆者は現小林信彦。実体験を下敷きに空襲下の東京から疎開した子供たちの恐るべき経験を綴る、初期の隠れた佳作。
    【35】1968 岩佐東一郎『書痴半代記』 (ウェッジ文庫、2009)
     著者は日夏耿之介門下の詩人(ベートーヴェン「第九」歌詞の翻訳もしている)で古書マニア。古書遍歴を通して人生を描く自伝的古本談。ある種の人間は本によってしかつくられないということがよくわかる。これまた戦中の苦心談が愛書家には胸に迫る。


    【36】1972 菅原克己『菅原克己詩集』(現代詩文庫、1972)
     私が愛聴するフォーク歌手・高田渡【→82】の代表作に菅原の詩による「ブラザー軒」という曲がある。ブラザー軒は仙台に今もある老舗の洋食屋(でいいのかな)。七夕の夜、詩人がそこで氷水を食べていると、亡くした父と妹のまぼろしがガラス暖簾をわけて現れ…。共産党系の革命詩人であるが、その割に妙に構えたところがないのも佳。
    【37】1972 筒井康隆『俗物図鑑』(新潮文庫、1976)
     筒井【→63/68】の初期スラップスティックものの代表的長編。この数年後にラテンアメリカ文学に触れたことで作風が変化したといわれているが、すでにかの地の文学に似た哄笑が垣間見える。なお、半ば自主制作の映画があり、これは結構イタい代物。
    【38】1975 川崎ゆきお『大坂は燃えているか』(チャンネルゼロ、1996)
     堅気のシャカイジンたちが跋扈する昼間の裏には浪漫【→19】の息づく夜がある! 浪漫を求め夜の街を走っては大阪を混乱に陥れる怪人、猟奇王(とその手下たる忍者)! 追うは老探偵沢村! 巧拙といった境地を超越した脱力感ある絵柄が心地いい。シリーズ3冊より、最高に脂の乗った中巻を推す。
    【39】1980 泡坂妻夫『煙の殺意』(創元推理文庫、2001)
     巧い短編とはこういうものだ! 数ある泡坂短編集のうち特にこれを選んだのは傑作「椛山訪雪図」を収めているため。一言で世界の意味をがらりと反転させる手際の見事さは魔術的なほど。
    【40】1980 吉村昭『破船』(新潮文庫、1985)
     作物を得ることも獲物を売ることも覚束ない海辺の寒村は困窮し、村人らは偶に漂着する難破船の荷や船材を糧とすべく待ちわびていた…。厳密な考証に従った極めてリアルな描写、嫌な予感を漸次募らせてゆく不穏な感覚が佳い。


    【41】1980 宮脇俊三『時刻表昭和史』(角川文庫、2001)
     昭和はじめの渋谷に育った(生前のハチ公を直接知っていたという)鉄道紀行文の巨人・宮脇俊三の主著のひとつ。岩佐東一郎【→35】が古本を通じて生涯と時代を示したように、彼は鉄道の時刻表=運行の変遷史を通じて示す。圧巻はあの8月15日【→33】のエピソード。
    【42】1981 天藤真『遠きに目ありて』(創元推理文庫、1992)
     岡本喜八【→33】監督の映画『大誘拐』の原作で著名な天藤真の連作短編集。泡坂【→39】のように物凄く高水準という程ではないのだが、巧く書かれた安楽椅子探偵ものでとっつきやすいので、初めての天童作品として向いていると思う。
    【43】1981 稲垣美晴『フィンランド語は猫の言葉』(猫の言葉社、2008)
     海外留学エッセイは数多あるが、本書は非常に珍しい渡芬体験記。物珍しさに惹かれて手にとったが、そんなことは抜きにしても一級品の快著。近年復刊されて喜ばしい。
    【44】1982 村上春樹『羊をめぐる冒険』全2巻 (講談社文庫、2004)
     春樹はひと通り読んだけれどこれに一番凄みを感じる。好き嫌いで言うと大して好きな作家ではないのが本音だけれど、才能はやはり圧倒的だと感じさせる。こんなのを三作目で書くとは化物としか思えない。
    【45】1982 野崎韻夫編『露西亜学事始』(日本エディタースクール出版部、1982)
     ロシア語学・文学など各分野の先駆者からの聞き書き集。井桁貞敏の語る露和辞典の歴史や江川卓の翻訳史などが興味深い。また満州におけるロシア語教育と対露諜報【→96】などの実際も面白い。


    【46】1982 徳永康元『ブダペストの古本屋』(ちくま文庫、2009)
     戦前の東欧に留学していた斯界の草分けの語る、本と文化、人生の記憶。それにしてもこのジャンルの先駆者は巨人ぞろいで怖くなる。
    【47】1983 坂口尚『石の花』全5巻 (講談社漫画文庫、1996)
     手塚【→24/52】門下の作家による、第二次大戦期のユーゴスラヴィアのパルチザンを題材とした長編。よくこういうテーマを見つけたな、と感心する。考証にあたったのは作者の友人でバルカン地域研究の第一人者柴宜弘先生。数十年先のユーゴで、国家に翻弄された人々の姿を知るには【→84】所収の一篇を読まれたし。
    【48】1984 林丈二『マンホールのふた(日本篇)』(サイエンティスト社、1984)
     路上観察【→51】の第一人者が、東京都内や国内諸都市をひたすら歩いて集めたマンホールの蓋を詰め込んだお買い得な逸品。歴史的なマンホールを探す趣味の人々にとってはもはや聖典である。古い蓋はバブル前後の再開発で相当数が失われたと考えられ、ギリギリの84年に本書を纏め上げたことの資料的価値は計り知れない。
    【49】1984 松谷みよ子『あの世からのことづて―私の遠野物語』(ちくま文庫、1984)
     比較的伝統的な民俗学【→20/22/27】と、怪談・都市伝説研究との間をつなぐような本。松谷には『現代民話考』という現代の市井のうわさや口碑を採集しつくした巨大な業績がある。そういうものに感心があるなら、ちくま文庫から全12巻で出たシリーズのいずれかを手に取るべし。
    【50】1985 つげ義春『無能の人』(ちくま文庫、2009)
     今や漫画のみならず活字を読むにも欠かせない基礎教養となった感があるつげ義春。これを描いて以降断筆に近い状況にあることもあって、まさしく集大成的な作品。これで井月という俳人を知った人も多いはず。


    つづく

    文科系乱読アカデミックニート養成ブックリスト【翻訳編】第1.5版

    ・日本編()に続いて海外編も作ってみた。凡例は同じ。年代は初版刊行年・発表年・重要作の初出年だったりと一貫していないので、目安程度に。
    ・日本編で算用数字を使ってしまったので、アルファベットでナンバリングをする。A-Zに続きa-xとして、1番目から50番目までを表す。
    ・こちらもじきにコメントをつけたい。
    ・画像は別エディションだったり、類書の場合もある。

    第1版 2011/04/12 第1.5版 2013/02/08


    【A】B.C.427 ソフォクレス『オイディプス王』(岩波文庫、1967)
    【B】13c初 桂万栄『棠陰比事』(岩波文庫、1985)
    【C】1751 トマス・グレイ『墓畔の哀歌』(岩波文庫、1958)
    【D】1764 ホレス・ウォルポール『オトラントの城』(国書刊行会、1983)
    【E】1805 ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』(国書刊行会、1980)


    【F】1817 E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』(岩波文庫、1984)
    【G】1835 バルザック『ゴリオ爺さん』全2巻 (岩波文庫、1997)
    【H】1836 ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』 (光文社古典新訳文庫、2006)
    【I】1851 メルヴィル『白鯨』全3巻 (岩波文庫、2004)
    【J】1874 ジュール・ヴェルヌ『ミステリアス・アイランド』全2巻 (集英社文庫、1996)


    【K】1880 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』全5巻 (光文社古典新訳文庫、2006)
    【L】1885 レスコーフ『真珠の首飾り』 (岩波文庫、1952)
    【M】1896 フョードル・ソログープ『かくれんぼ・白い母』 (岩波文庫、1937)
    【N】1898 H・ジェイムス『ねじの回転』 (創元推理文庫、2005)
    【O】1902 J・M・バリー『あっぱれクライトン(福田恆存翻訳全集 (第8巻)所収)』 (文藝春秋、1993)


    【P】1904 サキ『ザ・ベスト・オブ・サキ』全2巻 (ちくま文庫、1988)
    【Q】1908 ジャック・ロンドン『火を熾す』 (スイッチ・パブリッシング、2008)
    【R】1909 アルフレート・クービン『対極―デーモンの幻想』 (法政大学出版局、1985)
    【S】1911 チェスタトン『ブラウン神父の童心』 (創元推理文庫、1982)
    【T】1911 ガストン・ルルー『ガストン・ルルーの恐怖夜話』 (創元推理文庫、1983)


    【U】1911 ブリューソフ『南十字星共和国』 (白水社、1973)
    【V】1914 W・H・ホジスン『夜の声』 (創元推理文庫、1983)
    【W】1914 モーリス・ルヴェル『夜鳥』 (創元推理文庫、2003)
    【X】1920 カレル・チャペック『ロボット(R.U.R)』 (岩波文庫、1990)
    【Y】1923 レオポール・ショヴォー『年を歴た鰐の話』 (文藝春秋、2003)


    【Z】1924 ミハイル・ブルガーコフ『悪魔物語・運命の卵』 (岩波文庫、2003)
    【a】1927 S・ツヴァイク『目に見えないコレクション』 (みすず書房、1974)
    【b】1929 ヤン・ヴァイス『迷宮1000』 (創元推理文庫、1987)
    【c】1931 メンヒェン=ヘルフェン『トゥバ紀行』 (岩波文庫、1996)
    【d】1932 フォークナー『八月の光』 (新潮文庫、1967)


    【e】1936 カレル・チャペック『山椒魚戦争』 (岩波文庫、1978)
    【f】1940 ビオイ=カサーレス『モレルの発明』 (水声社、2008)
    【g】1942 D・ブッツァーティ『七人の使者』 (河出書房新社、1990)
    【h】1945 G・オーウェル『動物農場―おとぎばなし』 (岩波文庫、2009)
    【i】1947 F・ブラウン『シカゴ・ブルース』 (創元推理文庫、1971)


    【j】1947 レーモン・クノー『文体練習』 (朝日出版社、1996)
    【k】1948 T・ヘイエルダール『コン・ティキ号探検記』 (ちくま文庫、1996)
    【l】1950 ブラッドベリ『十月の旅人』 (新潮文庫、1987)
    【m】1954 F・ブラウン『天使と宇宙船』 (創元SF文庫、1965)
    【n】1955 F・オコナー『フラナリー・オコナー全短篇』全2巻 (ちくま文庫、2009)


    【o】1956 P・ラーゲルクヴィスト『巫女』 (岩波文庫、2002)
    【p】1956 ハインライン『夏への扉』 (ハヤカワ文庫SF、2010)
    【q】1956 オクタビオ・パス『弓と竪琴』 (岩波文庫、2011)
    【r】1957 ムロージェク『』 (国書刊行会、1991)
    【s】1961 H・シュテュンプケ『鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活』 (平凡社ライブラリ、1999)


    【t】1964 S・レム『砂漠の惑星』 (ハヤカワ文庫SF、2006)
    【u】1964 ロラン・トポル『幻の下宿人』 (河出文庫、2007)
    【v】1967 ガルシア=マルケス『百年の孤独』 (新潮社、2006)
    【w】1983 ロアルド・ダール編『ロアルド・ダールの幽霊物語』 (ハヤカワ文庫、1988)
    【x】1990 S・ダイベック『シカゴ育ち』 (白水Uブックス、2003)
    プロフィール

    rzeka

    Author:rzeka
    マンホール等探索者。

    因果なことにアカデミックニート=人文系大学院生でもある。
    rzekaはポーランド語で川の意。因みに発音はIPAだと[ˈʒɛka]になる。「じぇか」に近い音。



    当ブログについて:リンクはご自由に。拙文がリンクされるようなサイトの話題には多分関心があるので、よければリンク張ったら呼んで下さい。画像の直リンクはfc2の環境上望ましくない(ちゃんと表示できないケースが多い)ようですので、あまりおすすめしません。なるべく記事ごとかブログトップ、カテゴリトップへのリンクを推奨します。但し、文章・画像その他すべての著作権は当方に帰属します。 ©rzeka

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