マンホール(237):千代田区内幸町にある荒玉水道角蓋

これはマンホール愛好家界隈にはよく知られた蓋なのであるが、いままで掲載したことがなかったので記事にする。

mh237荒玉特大 (1) mh237荒玉特大 (2)
荒玉水道制水弁である。

mh237荒玉特大 (3)
文字部分。

この蓋は日比谷公園向かい、NTT日比谷ビル(1961竣工)の側、たぶん敷地内にあるようだ。
さて、この場所は現在の千代田区内幸町、旧町名では麹町区内山下町であって、当然ながら旧郡部で展開された荒玉水道の管路網とはまるで関係のない越境蓋である。
古い地図を見ると、隣の第一勧業銀行/みずほ銀行は載っているものの、ピンポイントで当地に何があったのかははっきりしない。
昭和29年の地図には大和生命があったように描かれていた。これを手がかりに遡っていくと、同社前身の日本徴兵保険や華族会館がどうやらあった模様だ。さらに遡ると、もしかすると鹿鳴館の敷地にも含まれていたかもしれないようだが、いかんせん境界のはっきりしない話ではあるし、さすがに荒玉蓋の由来来歴とも関係ない話であろう。
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マンホール(232):渋谷町水道の角蓋

渋谷町水道の蓋は、神泉町の蓋をすでに紹介している。
既知の蓋は上記リンクのと同じ水止栓小蓋が大半であり、駒沢給水塔にあるものを除いては大きめの蓋は見つかっていなかった。

しかし先月状態の良い角蓋がついに発見されたという。早速私も隙をぬって訪れた。

mh232渋谷町水道 (1)
これである。丁度雨がふりだしたので水玉柄になっている。

mh232渋谷町水道 (2)
右側。「澁谷水道」の四文字。「町」(駒沢給水塔の蓋では異体字の甼だが)は入らない。

mh232渋谷町水道 (3)
左側。紋章が入っている。

mh232渋谷町水道 (4)
「澁」の字の三つの止を丸く配し、周囲をサンズイと思しき三本の線で囲むデザインの町章(たぶん)。

この蓋、全体的に見慣れないデザインである。
斜交ではないシンプルな格子柄の蓋は、教科書「マンホールのふた 日本篇」を見ても類似品を見つけることが出来なかった。そもそも「マンホールのふた 日本篇」の渋谷町水道のページに載っているどの蓋とも雰囲気がぜんぜん違う。

所在地は路上文化遺産DBなどに載っているのでそちらを。個人的なポリシーでは一応非公開とすべきところと考えているので。

   ※   ※   ※

なおこの帰り道にて発見したのが、一番上の過去記事に追記した東1丁目の水止栓である。

マンホール(231):荒玉水道の泥吐室蓋(2)

以前杉並区内の荒玉水道泥吐室を記事にしたが、あのあと中野区内にもう一つある現存例を見てきたので紹介する。

mh231荒玉沼袋 (1) mh231荒玉沼袋 (2) mh231荒玉沼袋 (3)
沼袋駅南口、妙正寺川のほとりである。

マンホール(211):新発見の荒玉水道量水器ほか

最近、骨董蓋の追加報告記事を続けて書いている。その流れに任せて今回取り上げるのは、先日見つけた荒玉水道量水器である。
荒玉の量水器は、以前にも中野区内で発見している。同記事中の赤羽の蓋はもう現存しないらしいので、この様式の現存例はひとつだけになっていた。

先日やはり中野区内を散策していた。古い町並みでなにかありそうなのだが、道路は割と新しくなっていて特に何もない。
この探蓋行は不発だなあ、と夕暮れ時を撤収も兼ねて駅に向かっていたところ、ある家の軒先に…。

mh211aratama (1)
これがあった。

mh211aratama (2) mh164荒玉水道量水器 (3)
一枚目(左)が今回のもの、二枚目(右)が前回のものである。表面の腐食は今回のほうがはっきり大きいが、同一様式であることは読み取れる。前回のものには右側に2つ穿孔が見られるが、これは後世のものだろう。


mh211-12.jpg
ついでに、近くにあった状態良好の小蓋。二匹目のドジョウはこれくらいで、近辺には特に古蓋は見当たらなかった。


   ※   ※   ※ 

ついでに、他所で見つけたものも一応掲載しておこう。  

mh211中野本町6 (1) mh211中野本町6 (2)
中野区本町6にて。水止栓。

mh211荒玉水道南阿佐ヶ谷2連 (1) mh211荒玉水道南阿佐ヶ谷2連 (2) mh211荒玉水道南阿佐ヶ谷2連 (3) mh211荒玉水道南阿佐ヶ谷2連 (4)
杉並区南阿佐ヶ谷に近接して2枚遺るもの。

mh211aratamasomei (1) mh211aratamasomei (2) mh211aratamasomei (3)
頭部が浮いていて側面が覗いている。染井霊園の近くに現存。

マンホール(210):豊多摩郡千駄ヶ谷町の上水道蓋

既知の物件ではあるが、先日初めて実見に赴いたので一応記事にしておこう。

千駄ヶ谷町は、千駄ヶ谷村が明治40年に町制施行して成立。昭和7年に渋谷町・代々幡町とともに東京市渋谷区となり発展的に消滅した自治体である。現在の住所でいうと千駄ヶ谷および神宮前がほぼ該当する。給水開始は「マンホールのふた」によると昭和3年5月。

mh210sendagaya (4)
で、これが千駄ヶ谷町水道謹製の止水栓である。◎と*を重ねたような紋章は、「水」の図案化かつ「千」の字を六方向につなげた図案化ということだろうか。千駄ヶ谷1-2の路肩で撮影。

mh210sendagaya (1) mh210sendagaya (2) mh210sendagaya (3)
ついでに、千駄ヶ谷町下水蓋の付近で発見報告のあった変な蓋も見てきた。
中心に都章?があり、周囲に*状の白く塗られた窪みが刻まれたコンクリ蓋である。
なんだろうこれ。紋章に下水構えがないこと、「*」がしばしば人孔紋章学においては「水」の図案化であることから、上水道のものと仮定すると、設置場所的に想像できるのは排水栓あたりであるのだが。まあ仮定に仮定を重ねた想像で無根拠に近い。
とはいえ排水栓蓋の古蓋があるとしたらどのようなものなのか、いまだ見つかっていないのも事実。これがそうなら面白いんだけど。
プロフィール

rzeka

Author:rzeka
マンホール等探索者。

因果なことにアカデミックニート=人文系大学院生でもある。
rzekaはポーランド語で川の意。因みに発音はIPAだと[ˈʒɛka]になる。「じぇか」に近い音。



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