チャペック『ロボット』幻の日活映画化

さっき読売新聞のアーカイブを見ていたら見つけたが、チャペックの「ロボット」を日活が映画化する企画があったらしい。
日本で初めての 構成派の映画
 チャペック『人造人間』を 日活が近く撮影する

という見出しで、1925(大正14)年2月3日の紙面に出ている。
同記事によると、
先頃築地小劇場でも上映されて問題になつたチヤペツク作、鈴木善太郎氏譯の『人造人間』を映畫に制作することになったが、その演出、背景その他について〓畫界で今までかつて試みられた事のない 
◇構成派 に依って作るといふ。

その撮影監督には日活の村田監督か溝口監督が當る筈であるが多分村田氏がそれをやることになるだろうといふ。
そうである。(〓は原文で空白。活字が脱落したんだろう。)

村田監督とは戦前の大物・村田実(1894-1937)であろう。溝口監督のほうはいうまでもなく後の巨匠・溝口健二(1898-1956)であろう。どちらにせよ、結構な企画ではないか。

また、構成派の背景を手がけるのは村山知義が予定されていたらしい。村山は1924年12月5日~20日の築地小劇場公演「朝から夜中まで」で初めて演劇・映画の装置を手がけている。早稲田大演劇博物館・演劇上演記録データベースによれば築地小劇場の「人造人間」上演で装置を手がけたのは宮田政雄か吉田謙吉ということなので、部隊のそれをそのまま引っ張ってきたものではないようだ。

しかし、これが完成され、公開されていたという話は聞いたことがない。この後ぽしゃったんだろうと思いながら一応両監督のフィルモグラフィや1925~6年頃の日活のリストを見ていたら、溝口監督作品で
『人間 前後篇』製作=日活大将軍撮影所(1925年12月公開)
というのを見つけた。スタッフを確認すると、原作に鈴木善太郎とあるではないか。鈴木は上の引用にもあるように、チャペック『ロボット』の訳者である。
これはもしや、と思いつつネット上にあった配役表を確認すると、

配役    
室伏次郎 ................  中野英治
お千代 ................  岡田嘉子
黒眼鏡の男(六役) ................  高木永二
次郎の母お絹 ................  市川春衛
薬屋の主人富田壮七 ................  坂東巴左衛門
その息子丑太郎 ................  東坊城恭長
政党副総裁 ................  星野弘喜
雪枝 ................  浦辺粂子
金千寿 ................  森清
芸者光勇 ................  酒井米子
妹芸者君若 ................  徳川良子
牧師ハーバート・スペンサー ................  御子柴杜雄
その娘エリナ・スペンサー ................  砂田駒子
社長・羽田 ................  三桝豊
羽田の娘綾子 ................  梅村蓉子

という具合であった。こりゃ全くの別ものだ。チャペックにゲイシャガールは出てこないぜ!
しかし、時期・撮影所・題名の一部・スタッフなどがこれだけ被っていることから察するに、恐らく企画自体は上記新聞記事のものが発端ではないかと思われる。特に通常映画に関わることが殆んどなかった鈴木善太郎が原作という辺りがそう思わせる。
よく見ると入江たか子の兄やら浦辺粂子やらが出ているぞ。
一体全体、どうしてこうなった……。


              



引用元:http://www.jmdb.ne.jp/1925/ba004260.htm




(2014/09/20 追記)
さて、今年出た高槻真樹「戦前日本SF映画創世記: ゴジラは何でできているか」(河出書房新社)という単行本に、この「人造人間」映画化の企画について若干の情報があるのを見つけたので補足しておく。

(1)日活版についての短い続報が1925年2月5日付の読売新聞「よみうり文藝」欄にも載っていたようだ(前掲書110頁)。このブログで紹介したのは2月3日の記事だから、二日後で、補足という塩梅なのだろう。なお同書には3日付のより詳細な記事は紹介されていない模様。ハッハッハ、抜かったな高槻君!(←戦前探偵小説の怪盗風)

(2)「人造人間」の映画化を画策していたのは日活だけではなかったらしい。1925年5月21日の「キネ旬」第195号には、アシヤ映画(帝キネ芦屋)でも現代劇「人造人間」を準備していた由の記事があるという(前掲書69頁)。こちらも実際には作られず、代わりに登場したのが「若返り薬」(1925年7月)というSF?映画だと高槻氏は記している。
この題名がチャペックの名と並んでいると、もしや「マクロプロス事件」の翻案ではないかと思う向きもあるかもしれないが、前掲書53頁によれば全くストーリーは異なっている。なお「マクロプロス」の邦訳は1927年。

          
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