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マンホール(68):東京都の古い雨水枡蓋

本郷4丁目の菊坂周辺には古い蓋がわりと残っているが、今回見つけてきたのは雨水枡の蓋である。
マークの意匠や造りから見て、いずれも恐らく昭和初期に遡るものと思われる。

mh68-1.jpg  mh68-2.jpg
この蓋は、「マンホールのふた」P.49所載のものと同じだと思う。

mh68-3.jpg
佇まいはこのような感じ。

上の蓋は表通りから菊坂上道に入ってすぐのところにある。上道を西に進み、以前も触れた鉄縁(人工縁塊と呼ぶそうだ)付きの丸蓋のある階段を降りて下道へ出ると、そこは長屋造りの名残のある民家やら銭湯(今時薪で焚いているとか)やらが並ぶ本郷屈指の歴史地区である。その一帯のどん詰り、崖下をぬって走る路地には古い蓋が並んでいた。

mh68-4.jpg  mh68-5.jpg
これは雨水枡に嵌められた蓋で、かなり劣化しているが、よくみるとやはり戦前風の肉太の下水道局マークが見て取れる。一帯に数枚現存を確認した。

mh68-9菊坂二重雨水枡 (1)  mh68-10菊坂二重雨水枡 (2)  mh68-11菊坂二重雨水枡 (3)
何がどうしてこうなったのかわからないが、上から文京区の雨水枡蓋を被せられて二重になったものも。マニア的には骨董蓋の保存にもなって有難いのだが、それにしてもなぜ?

mh7-5.jpg  mh68-6.jpg
左の角蓋も4枚ほどあった。右は、汚水枡蓋と雨水枡蓋と丸蓋がすべて時代もので統一された貴重な情景。
それにしても、この一帯は古風にも程がある。本郷4丁目はもっと探索に価すると思う。今後折を見て踏破したい。

追記2012/02/19
また、一番上の角蓋と同じものが牛込柳町にもあった。
mh68-7(東京市雨水枡市谷柳町)
縁の石も似ていなくはない。これも仕様のうちなのかな?

mh68-8(東京市雨水枡市谷柳町引き2枚)
ちょっと見辛い角度だが、手前だけではなく奥の共産党ポスターの下にもこの蓋がある。道の入口に対になって設置されていたのだ。

追記2011/03/09
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マンホール等探索者。

因果なことにアカデミックニート=人文系大学院生でもある。
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