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文科系乱読アカデミックニート養成ブックリスト【日本編・1/2】第2版

文科系乱読アカデミックニート養成ブックリスト【日本編】第2版

・タイトル通りの内容である。延べ四千百余冊/百六万六千頁あまりを読んできた人間として、一旦何かしらのアウトプットを試みるのも面白いと思って作成した(※第2版公開時までに五千百余冊/百三十五万五千頁あまりに達した)。
・とりあえず近現代日本の本一〇〇冊を選んでみることにした(活字と漫画はあえて分けなかった)。翻訳編も飽きなければ50冊ほど選んでみたい。
・大体の発表年、作編者、書名・作品名、入手しやすい等おすすめの刊本の出版社、出版年を列挙した。
・選択基準はいい加減といえばいい加減である。例えば、この手のリストとして定番であるがゆえに入れた本(『黒死館』など)がある一方で、定番だから外した本もある(『ドグラ・マグラ』など)。
・とはいえ、自分がなにを読んでいくかという方向性を定める指針になった本という点では基準は一貫している。大げさに言い換えると、まさに乱読趣味人としての私をつくった書物ばかり100冊のリストである(「趣味人としての」と書いたが、それは本業たるアカデミックニート(=人文系大学院生)として役立てた文献は一部しか含めていない、という意味である)。
・選んでみて自分の読書傾向のムラがわかった。明治~戦前のものが特定ジャンルを除いて少ないのは、比較的読んでいないのも勿論理由であるが、さほど影響もされていないということだろう。また漱石・有島・太宰・賢治などの定番を避けたことも響いたようだ。
・各書のあいだのつながりを番号で示した。たとえば、コメント中の【→50】は、【50】の本とつながりがあることを示す。


履歴
第1版公開2011/03/28:小改訂2011/03/29:第2版公開2013/02/09




【1】1865 平賀元義『平賀元義歌集』(岩波文庫、1937)
 本当は角川文庫版(1959)が一番いいのだが入手困難。元義は江戸後期の岡山に生れた放浪の万葉調歌人で、道に斃れた最期など俳人井月【→50】に似ている点もある。「どーでもいいネタが31文字で書いてありますが、それが何?」と言いたくなる昨今の腑抜け短歌を嫌うひとならば必読。
【2】1884 三遊亭円朝『怪談 牡丹燈籠』(岩波文庫、2002)
 幽霊噺なのにカランコロンという下駄の足音(つまり、足が生えている)が効果的なのは大陸起源(『剪灯新話』)だから【→3】。ホラーではオノマトペが効いてくる好例。そういえば小泉八雲も、下駄の音は"kara-kon, kara-kon"という具合に日本語のまま残したのだった。
【3】1889 石川鴻斎『夜窓鬼談』(春風社、2003)
 明治期の漢文体による怪談集の現代語訳。これにも「牡丹燈籠」【→2】のエピソードが入っている。他にも澁澤龍彦がネタ元にしていたり、本邦&支那の怪奇幻想文学を繙くひとには必携。
【4】1891 幸田露伴『五重塔』(岩波文庫、1994)
 本当に声を出して読むべきはこれである。黙読厳禁! 深夜の上野公園なり谷中霊園なりで朗唱して見給え、新たな都市伝説の主人公になれるぞ!
【5】1918 宇野浩二『蔵の中・子を貸し屋』(岩波文庫、1951)
 質屋の蔵でじぶんの着物を虫干し「させてもらい」つつ物思いに耽るとは、なんというダメな奴! 貧乏人の鑑である。そんな暇あるなら働けよ。この娑婆でやってけそうにない性向の人物造形が実は乱歩文学【→10】などに影響していたりする。


【6】1919 和辻哲郎『古寺巡礼』(岩波文庫、1979)
 定番の名著過ぎて解説しにくい。筆者は建築や宗教についての専門家ではないので科学的厳密性は欠くきらいはないでもないが、飛躍する発想の妙は【→91】などにも通じていよう。
【7】1927 水谷準『お・それ・みを』(ちくま文庫、2002)
 筆者はあの「新青年」【→11/13/14/16/19】の編集にも携わった探偵小説家。息苦しくなるほどの大正~昭和モダニズムの浪漫。
【8】1928 八木重吉『貧しき信徒(八木重吉詩集所収)』(現代詩文庫、1988)
 長くとも10行程度の短詩ばかりを集めている。「秋」「素朴な琴」などもう奇跡的といってもいいような名作多数。
【9】1929 今和次郎編『新版大東京案内』全2巻 (ちくま文庫、2001)
 これは装幀込みで味わいたいので、本当は復刻版(批評社、1986)を見て欲しいが入手困難。マンホール【→48】にさえ目を向けていれば完璧だったのにと悔やまれる。
【10】1929 江戸川乱歩『孤島の鬼』(創元推理文庫、1987)
 乱歩の娯楽長編は発端は良くとも迷走の末グダグダに終わるものが大半だけれど、これは力尽きず完走しきった猟奇の傑作。三大奇書【→13/31】に連ねられないのははっきり言って面白すぎるからだろう。


【11】1933 渡辺啓助『地獄横丁』(ちくま文庫、2002)
 大家に比べると知名度は落ちるも、1930年代に「新青年」に短編探偵小説を寄せた作家としては実は最高水準の書き手。乱歩【→10】曰く「薔薇と悪魔の詩人」。世界史の素養があり、戦後にはロマノフ王家ものミステリのハシリというべき長編『鮮血洋燈』がある。102まで生きた「新青年」最後の生き証人でもある。
【12】1933 内田百間『百鬼園随筆』正続2巻 (新潮文庫、2002)
 百間の数多ある随筆はどれをとってもそんなにハズレがない一方、特に抜きん出た一冊もない。とりあえず本書を挙げたが、ちくま文庫の集成から気になったタイトルを選んで読んでみるのもアリ。【→23】
【13】1934 小栗虫太郎『黒死館殺人事件』(河出文庫、2008)
 三大奇書の一【→31】。「新青年」はそれほど衒学趣味の雑誌ではなかったので、こうした果実を生んだのは奇跡的な幸福として噛みしめるべきか。後世にオマージュやエピゴーネン多数につき、新本格ミステリ等読むひとは一読して損はない。読めればだが。
【14】1934 徳川夢声『くらがり二十年』(清流出版、2010)
 これほど滔々と語る自叙伝はそうそうない。私は戦前のオンボロ文庫本で苦労しながらも徹夜で読んだが、最近新装完全版が目出度く出版と相成ったんである。大正昭和の弁士稼業を巡る貴重な証言としての価値も高い。
【15】1935 和辻哲郎『カント実践理性批判 (大思想文庫・18)』 (岩波書店、1935)
 私は思想には弱くカント原典に当たってもよく飲み込めなんだが(但し何を以て「飲み込」んだかのハードルは高く設定してある)、さすがは和辻大人【→6】、実にうまく噛み砕いて教えてくださる。入手はやや困難(薦めておいてなんだがカント自身の『道徳形而上学原論』を読んでも判りやすさは同じかも…)。


【16】1936 大阪圭吉『銀座幽霊』(創元推理文庫、2001)
 こちらも「新青年」の短編作家【→11】。渡辺啓助が猟奇探偵作家であるに対し、大阪圭吉は本格推理作家の先駆者。創元からは2冊の文庫が出たが、「動かぬ鯨群」「燈台鬼」など海洋に題材を得た作品に興味を惹かれたのでこちらを紹介。
【17】1937 尾崎一雄『暢気眼鏡・虫のいろいろ』(岩波文庫、1998)
 貧乏夫婦もの私小説だが、一見明朗でむやみに重くないのが愉しい。実は相当酷い状況であるのが段々分かってくるのだけれど。まあそんな貧窮の二人も80や90まで生きたんだから、人間なんてなんとかなるものか…。
【18】1937 海野十三『十八時の音楽浴』(ハヤカワ文庫、1976)
 海野SFには思いつきで書いただろ、ってな良くてB級悪くてトンデモな作品も多いのだけど、これは極めてモダンな反ユートピアものの名作。道具立て【→71】や設定、人物には表現主義など前衛の影響も見えてくる。
【19】1937 久生十蘭『魔都』(朝日文庫、1995)
 20世紀初め、魔都といえば伯林・維納・巴里そして上海であった。本書が書かれた1930年代半ば、とうとう帝都東京が「魔都」の栄冠を得るに至った(…そしてそこから先はただ下り坂があるばかりだった)。1934年と35年をまたぐ24時間。失踪した安南皇帝・連続殺人・秘宝をめぐるエスピオナージュが迷宮と化した帝都で展開される。これまた三大奇書【→13/31】に含まれないのは、断じて面白すぎるからである! なお【→77】に本作に関する優れた論考あり。
【20】1937 知里真志保『アイヌ民譚集―付・えぞおばけ列伝』(岩波文庫、1981)
 岩波文庫全巻の中でも阿呆な話ばかりがこれほど延々と続く本はそうそうないのでは。『ユーカラ』『アイヌ神謡集』などとの対照をかなり意識して編まれた結果ではないかと思う(というか、一時期の民俗学研究って、ちょっと艶笑譚スカトロ譚お下劣譚などを持ち上げすぎてるんだよなあ。「民衆の声!」とかなんとか言っちゃって。本書のその流れかも…)。


【21】1942 石原莞爾『最終戦争論』(中公文庫、2001)
 石原莞爾は大東亜開戦に反対するも容れられなかったことなどから戦犯にはならなかった異能の軍人。正直言って理解の範疇を超えているので実のある説明は何もできないが、最終戦争論とは、戦争史研究×日蓮宗によって編み出された最終戦争~絶対平和論。わからないなりに凄味は強く感じさせる類の、触れてはおくべき本。
【22】1943 山川菊栄『武家の女性』(岩波文庫、1983)
 筆者は本邦の女性解放運動の先駆者の一人。幕末の水戸藩の武家に生れた母に取材し、武家という制度の中で女性がどのように育ち日々を過ごしたかを鮮やかに示す。聞き書きの滑らかな口語など、民俗学の範疇においても先駆的な業績だ【→27】。
【23】1950 内田百間『阿房列車』(ちくま文庫、2002)
 借金談・身辺雑記・回想等【→12】ではなく、旅行記という百間作品のなかではジャンル性の強い作品。鉄道には乗るために乗り、九州で、東北で、大阪で文句ばかり言っている。
【24】1951 手塚治虫『来るべき世界』(角川文庫、1995)
 初期手塚の描き下ろし長編の中でも完成度は最高だと思う。300頁あまりの本のために手塚が1000頁の原稿を描いたという伝説が藤子不二雄【→66】らによって伝えられている。手塚には旧作を再刊の際に書き換える傾向があったため、初刊本の内容と全集版&当文庫版の内容にも相違がある。小松左京は解説で初版のままのほうが良かった点をいくつか挙げている。手塚初版本の復刻が進んでいるいま、本作も是非原型を読ませて欲しい。【→52】
【25】1954 杉浦茂『猿飛佐助』(ちくま文庫、1995)
 杉浦茂は、昭和30年代には大人気を誇り、後年カルトに近い位置づけもされた漫画界の長老。笑いの方向性は戦前のエノケン喜劇の継承者といってもいいかもしれない。特徴的な絵柄と台詞回しがいい味だ。実は赤塚不二夫描くところの「レレレのおじさん」の特徴的なデザイン(目と手に注目)は杉浦キャラを踏まえたもの。唐沢なをきも『カスミ伝』シリーズ【→57】で杉浦タッチを模写している。


【26】1954 戸川幸夫『高安犬物語』(ランダムハウス講談社文庫、2008)
 高安犬は山形県東置賜郡一帯で飼われていた猟犬であったが、昭和初期に純血は絶えた。最後の一頭「チン」に取材した本作は日本動物文学の確立者の出世作。愛犬家必読【→55】。
【27】1960 宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫、1984)
 日本全国を永年フィールドワークした民俗学の大家宮本常一の主著。辺境(といっても差し支えないだろう)の古老たちの語る生活史を通して、忘れられた~大きな「日本」という枠を成り立たせるために捨象されてきたものがみえてくる。
【28】1961 永島慎二『漫画家残酷物語』全3巻(ジャイブ、2010)
 内容はタイトル通り、漫画家だったり志望者だったりする主に青年の悶々としたアレである。しかし61年なんて段階でそんなにいたものなんだ、漫画家志望者。トキワ荘組がそろそろ出世しだした頃か? これまた唐沢なをき【→57】が下敷きにしていたりする。
【29】1961 加東大介『南の島に雪が降る』(知恵の森文庫、2004)
 前進座の役者一家(姉・沢村貞子、甥・長門裕之&津川雅彦)出身で黒澤映画でも馴染みの加東大介は、出征した先のニューギニアで演芸隊を組織するという稀有な経験をした(ただの演芸会の域を超え、劇場まで建てて常打ちしたというから凄い)。その経験を徳川夢声【→14】の勧めで纏めた本書は当時けっこう評判になったそうで、本人主演で映画化もされている。数ある戦記物の中でも異色の佳編。
【30】1962 今日泊亜蘭『光の塔』(ハヤカワ文庫、1975)
 97まで生きたSF界の長老で、渡辺啓助【→11】と同人誌を出してもいた。もう名前だけでも恐れ入ってしまいたくなるな。「今日泊」で「亜蘭」ときたもんだ! 本書は戦後初の本格SF長編とされる。


【31】1964 中井英夫『虚無への供物』全2巻 (講談社文庫、2004)
 三大奇書【→13】の一。最初に読んだのは田舎にいた高校生時分で、旧文庫版の惹句「薔薇と不動と犯罪の神秘な妖かしに彩られた4つの密室殺人は、魂を震撼させる終章の悲劇の完成とともに、漆黒の翼に読者を乗せ、めくるめく反世界へと飛翔する」という名文句そのままのアンチ・ミステリの傑作として読んだ。上京後再読三読してわかったのは、物語の舞台として昭和30年代初頭の東京のさまざまな街が心憎いばかりに配置された「東京小説」の傑作でもあるという点であった【→19】。
【32】1965 広瀬正『マイナス・ゼロ』(集英社文庫、2008)
 広瀬は早世した昭和3~40年代の代表的SF作家。全6巻の文庫版小説全集が数年前に復刊され手に取りやすくなったのがめでたい。極めて完成度の高い、時間SF長編の日本代表である。私はそんなに他のSFを読んではいないが、ためらわず「絶対評価」によって本作を日本代表と言い切ろう! これまた在りし日の帝都への愛惜にあふれた、東京小説の傑作でもある【→31】。
【33】1965 半藤一利『決定版 日本のいちばん長い日』(文春文庫、2006)
 十蘭【→19】が描き広瀬【→32】が惜しんだ帝都は灰燼に帰し、昭和モダンは断絶をみた。先の大戦の何が悔やまれるかというと、好事家としては第一にこういう点である(正直、大陸がどうのなんて話よりよっぽど)。その戦争が終わるまでの24時間に、皇城と政府中枢ではどういう動きがあったのか。降伏か本土決戦か、その選択が紙一重の危ういところでなされていたことが分かり戦慄する。なまじの小説より面白い。岡本喜八が映画化している。
【34】1966 中原弓彦『冬の神話』(講談社、1966)
 なるほど、【→33】と並べてみると戦後20年が人々に証言の口を開かせたことが見えてくる。筆者は現小林信彦。実体験を下敷きに空襲下の東京から疎開した子供たちの恐るべき経験を綴る、初期の隠れた佳作。
【35】1968 岩佐東一郎『書痴半代記』 (ウェッジ文庫、2009)
 著者は日夏耿之介門下の詩人(ベートーヴェン「第九」歌詞の翻訳もしている)で古書マニア。古書遍歴を通して人生を描く自伝的古本談。ある種の人間は本によってしかつくられないということがよくわかる。これまた戦中の苦心談が愛書家には胸に迫る。


【36】1972 菅原克己『菅原克己詩集』(現代詩文庫、1972)
 私が愛聴するフォーク歌手・高田渡【→82】の代表作に菅原の詩による「ブラザー軒」という曲がある。ブラザー軒は仙台に今もある老舗の洋食屋(でいいのかな)。七夕の夜、詩人がそこで氷水を食べていると、亡くした父と妹のまぼろしがガラス暖簾をわけて現れ…。共産党系の革命詩人であるが、その割に妙に構えたところがないのも佳。
【37】1972 筒井康隆『俗物図鑑』(新潮文庫、1976)
 筒井【→63/68】の初期スラップスティックものの代表的長編。この数年後にラテンアメリカ文学に触れたことで作風が変化したといわれているが、すでにかの地の文学に似た哄笑が垣間見える。なお、半ば自主制作の映画があり、これは結構イタい代物。
【38】1975 川崎ゆきお『大坂は燃えているか』(チャンネルゼロ、1996)
 堅気のシャカイジンたちが跋扈する昼間の裏には浪漫【→19】の息づく夜がある! 浪漫を求め夜の街を走っては大阪を混乱に陥れる怪人、猟奇王(とその手下たる忍者)! 追うは老探偵沢村! 巧拙といった境地を超越した脱力感ある絵柄が心地いい。シリーズ3冊より、最高に脂の乗った中巻を推す。
【39】1980 泡坂妻夫『煙の殺意』(創元推理文庫、2001)
 巧い短編とはこういうものだ! 数ある泡坂短編集のうち特にこれを選んだのは傑作「椛山訪雪図」を収めているため。一言で世界の意味をがらりと反転させる手際の見事さは魔術的なほど。
【40】1980 吉村昭『破船』(新潮文庫、1985)
 作物を得ることも獲物を売ることも覚束ない海辺の寒村は困窮し、村人らは偶に漂着する難破船の荷や船材を糧とすべく待ちわびていた…。厳密な考証に従った極めてリアルな描写、嫌な予感を漸次募らせてゆく不穏な感覚が佳い。


【41】1980 宮脇俊三『時刻表昭和史』(角川文庫、2001)
 昭和はじめの渋谷に育った(生前のハチ公を直接知っていたという)鉄道紀行文の巨人・宮脇俊三の主著のひとつ。岩佐東一郎【→35】が古本を通じて生涯と時代を示したように、彼は鉄道の時刻表=運行の変遷史を通じて示す。圧巻はあの8月15日【→33】のエピソード。
【42】1981 天藤真『遠きに目ありて』(創元推理文庫、1992)
 岡本喜八【→33】監督の映画『大誘拐』の原作で著名な天藤真の連作短編集。泡坂【→39】のように物凄く高水準という程ではないのだが、巧く書かれた安楽椅子探偵ものでとっつきやすいので、初めての天童作品として向いていると思う。
【43】1981 稲垣美晴『フィンランド語は猫の言葉』(猫の言葉社、2008)
 海外留学エッセイは数多あるが、本書は非常に珍しい渡芬体験記。物珍しさに惹かれて手にとったが、そんなことは抜きにしても一級品の快著。近年復刊されて喜ばしい。
【44】1982 村上春樹『羊をめぐる冒険』全2巻 (講談社文庫、2004)
 春樹はひと通り読んだけれどこれに一番凄みを感じる。好き嫌いで言うと大して好きな作家ではないのが本音だけれど、才能はやはり圧倒的だと感じさせる。こんなのを三作目で書くとは化物としか思えない。
【45】1982 野崎韻夫編『露西亜学事始』(日本エディタースクール出版部、1982)
 ロシア語学・文学など各分野の先駆者からの聞き書き集。井桁貞敏の語る露和辞典の歴史や江川卓の翻訳史などが興味深い。また満州におけるロシア語教育と対露諜報【→96】などの実際も面白い。


【46】1982 徳永康元『ブダペストの古本屋』(ちくま文庫、2009)
 戦前の東欧に留学していた斯界の草分けの語る、本と文化、人生の記憶。それにしてもこのジャンルの先駆者は巨人ぞろいで怖くなる。
【47】1983 坂口尚『石の花』全5巻 (講談社漫画文庫、1996)
 手塚【→24/52】門下の作家による、第二次大戦期のユーゴスラヴィアのパルチザンを題材とした長編。よくこういうテーマを見つけたな、と感心する。考証にあたったのは作者の友人でバルカン地域研究の第一人者柴宜弘先生。数十年先のユーゴで、国家に翻弄された人々の姿を知るには【→84】所収の一篇を読まれたし。
【48】1984 林丈二『マンホールのふた(日本篇)』(サイエンティスト社、1984)
 路上観察【→51】の第一人者が、東京都内や国内諸都市をひたすら歩いて集めたマンホールの蓋を詰め込んだお買い得な逸品。歴史的なマンホールを探す趣味の人々にとってはもはや聖典である。古い蓋はバブル前後の再開発で相当数が失われたと考えられ、ギリギリの84年に本書を纏め上げたことの資料的価値は計り知れない。
【49】1984 松谷みよ子『あの世からのことづて―私の遠野物語』(ちくま文庫、1984)
 比較的伝統的な民俗学【→20/22/27】と、怪談・都市伝説研究との間をつなぐような本。松谷には『現代民話考』という現代の市井のうわさや口碑を採集しつくした巨大な業績がある。そういうものに感心があるなら、ちくま文庫から全12巻で出たシリーズのいずれかを手に取るべし。
【50】1985 つげ義春『無能の人』(ちくま文庫、2009)
 今や漫画のみならず活字を読むにも欠かせない基礎教養となった感があるつげ義春。これを描いて以降断筆に近い状況にあることもあって、まさしく集大成的な作品。これで井月という俳人を知った人も多いはず。


つづく
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プロフィール

rzeka

Author:rzeka
マンホール等探索者。

因果なことにアカデミックニート=人文系大学院生でもある。
rzekaはポーランド語で川の意。因みに発音はIPAだと[ˈʒɛka]になる。「じぇか」に近い音。



当ブログについて:リンクはご自由に。拙文がリンクされるようなサイトの話題には多分関心があるので、よければリンク張ったら呼んで下さい。画像の直リンクはfc2の環境上望ましくない(ちゃんと表示できないケースが多い)ようですので、あまりおすすめしません。なるべく記事ごとかブログトップ、カテゴリトップへのリンクを推奨します。但し、文章・画像その他すべての著作権は当方に帰属します。 ©rzeka

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