マンホール(99):大久保町水道の蓋(と同下水蓋続報と猫)

タイトルに掲げたように本題は大久保町水道についてなのだけれど、とりあえず前座として大久保町下水道の続報から。
先の大震災の起こったちょうどその頃に、とあるマンホロジスト氏が(再)発見した新宿六丁目の物件を紹介する。

mh99-1大久保町下水新宿6.0
ある路地に三枚現存する内の一枚であるが、縁石がついているのは総計12,3枚と思われる大久保町下水の丸蓋のうちこれだけではないかと思う。蓋本体の状態も良好。なお詳しくはデータベースを参照のこと。

mh99-3大久保町下水新宿6.2
こいつを撮っていたら、向こうに猫が現れた。

mh99-2大久保町下水新宿6.1
私とマンホールの周りをしばらく行きつ戻りつし、

mh99-4大久保町下水新宿6.3
そして坐った。痩せていて可哀想だがくれてやるものがない。
まあそれだけの話です。しばらく遊んでくれたが、エサをくれないと分かってのことかやがてどこかへ行ってしまった。



さて、本題の上水の話。
先達マンホロジスト氏の発見報告には続きがあって、それがすなわち以下に掲げるハンドホールの現存報告であった。

mh99-5大久保町水道1
側溝蓋の脇になにかある。

mh99-6大久保町水道2
これは! 止水栓の小蓋である。以前取り上げた荒玉水道の一枚目に形が似ている。このタイプだと、開けるときは右肺の凹みからなにか挿し込むのだろうか? 今や凹みも坪庭(トマソン的な意味で)と化しているし、開けようにも開かないかもしれない。

mh99-8大久保町水道4
上の写真でかかっていた枯葉を払い、紋章を拡大。「大」「上」の二字で囲んであるのか、これは?

mh99-7大久保町水道3
さっきの猫と下水蓋と併せて、二等辺三角形をなす構図。


林丈二「マンホールのふた」には、排気弇の蓋一枚と、ここに掲載したのとは違う型の制水弇が掲載されている。当時は小さい蓋なら散見されたらしいことが林氏の記述から伺えるが、今日では制水弁類の小蓋もそうそう残ってはいないだろう。
大久保町水道の沿革等は実はまだそんなに調べていない。供給開始が昭和4年なので三年くらいしか運営されていないはずで、昭和2年の「日本水道史」辺りではまだ計画段階とされている。同書によると水自体は東京市から得ていたものらしい。
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No title

こんにちは。
私も先日、大久保町水道の止水栓を見つけました。
上部に丁番が付いているタイプの蓋です。
しかし残念ながらマークの下半分が磨滅に寄り不鮮明でしたので、「もしかしたら」と言う条件付きですが…。
記事を書くに当りこちらの記事のリンクを貼らせて頂きました。

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Author:rzeka
マンホール等探索者。

因果なことにアカデミックニート=人文系大学院生でもある。
rzekaはポーランド語で川の意。因みに発音はIPAだと[ˈʒɛka]になる。「じぇか」に近い音。



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