マンホール(102):北豊島郡・巣鴨町下水道の蓋

現在の豊島区が、北豊島郡に属する高田町・巣鴨町・西巣鴨町・長崎町の4つの町の合併によって生まれたことは、以前も書いた通り。
この地域では、長崎を除く3町で独自の下水道事業が営まれていた過去があり、高田町と巣鴨町についてはその蓋がいくつか現存している。
西巣鴨町の蓋と推測される物件も「マンホールのふた」には載っているが、最近の現存報告は聞かない。

巣鴨町はもともと、中山道(現在の白山通り付近)の沿道を中心に江戸時代からかなり開けていた。
東京市の人口増大・震災後の郊外移転のあった大正末には市内と遜色ないほどの住宅地となり、人口密度は2万台後半に達した。これは現在の豊島区を上回るほどの高さで、それゆえに上下水道等のインフラ整備は喫緊の課題となった。
そこで昭和3年には荒玉水道町村組合が上水道の供給を開始、ついて昭和4年には巣鴨町下水道が起工されるに相成った、というわけだ。

※これから紹介するものは、以前日記形式の記事で紹介した物件であるが、巣鴨町の下水蓋についても独自の記事を立てておきたいと思う。
詳しいことは路上文化遺産DBの記事を見ていただければ事足りるのだけれど。

最も見つけやすいものは、巣鴨駅からほど近い染井霊園の中にある。

mh102-1巣鴨町霊園入り口
霊園の入口。既に標的は視野に収まっているのだから驚きです。小径の半ばの蓋が名古屋市型であることにお気づきだろうか。そうこれは普通の東京都の蓋ではない。

mh102-2巣鴨町  mh102-3巣鴨町紋章部
これぞ巣鴨町の蓋。右は紋章部の拡大。「巣」の字の図案化だと思われる。
この紋章の天地に関しては確証はない。一般にここに掲げた画像の逆とされているケースが多いようだが、次のような絵解きが成り立つことから、私見ではこれが正しい気がしている。

sugamomachi.jpg

霊園内にはもう一枚あるはずなのだが、こちらは見つけそこねたままである。
二葉亭四迷長谷川辰之助を筆頭に、園内には文人などの墓も多くあるが、全体に人選はかなり渋め。掃苔家には、有名墓地の中では通好みの場所とされているらしい。
7月の訪問時には、ところどころに倒れた石塔などが見て取れた。震災の名残であったかもしれない。

なお、巣鴨町にも燈孔が存在したらしい。詳しくはこちらを参照していただきたい(Twitterでは #manhotalk のハッシュタグのもとに複数の愛蓋家が集まり、時にこのような祭りが起こる)。
蔵前水の館という施設の屋外には現物も展示されている模様だ。
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