マンホール(130):北豊島郡尾久町の下水蓋

北豊島郡の蓋は、これまで高田町巣鴨町(現豊島区)と王子町(現北区)のものを紹介してきた。
今回お目に掛けるのは、尾久町の蓋である。尾久は現荒川区である。とくに蓋は残っていないが現練馬区も北豊島郡の範囲であったというから、だいぶ広い/長い郡であったということになる。練馬区と荒川区が同じカテゴリに入るというのは、今日のイメージからすればいささか新鮮である。

今のところ、尾久町の蓋は角蓋が2枚現役で使用されている。その他に、未見だが丸蓋が二枚保存されている(路上文化遺産DB参照)。
それではさっそく紹介。

mh130尾久 (1)  mh130尾久 (2)  mh130尾久 (3)
西尾久1丁目の寺の参道の途中にある角蓋である。公道上の物件ではないので、いささか撤去の可能性は低いかもしれない。

mh130尾久 (4)  mh130尾久 (6)  
2つめは、上記のものと同じ様式と思われる角蓋。中央の紋章を見ていただきたい。「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲ」と、九つの「ヲ」の字が丸く並べられているのがわかるだろうか。「ヲが9」→「ヲク」→「オグ」というわけだ。こういう発想の紋章はたまにあり、福岡市(フ9)や釧路町(ク4+ロ)などの例がある。

mh130尾久 (5)  mh130尾久 (7)
西尾久2-31の公道(だと思う)上にある。気になるのは蓋の紋章の上に丸くペイントがあることで、これは撤去の近づいた蓋にままあることである。今見に行ったらもうなかったりして…。
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