文京区町会コレクション【08】小日向台町小学校エリアの2町会

【08】小日向台町小学校(小日向2-3-8)……2町会
小日向台町町会、茗荷谷町会


前回の南側である。最大で8町会を紹介してきた当特集であるが、今度は最小の2町会。
まあ少ないのにはわけがあって、単純な話だが、両町会が比較的広大な領域を支配しているからである。
本題に入る前に、例によって昭和地図防災地図(リンク先PDF)、さらに序説を貼っておく。


(1)小日向台町町会
0801文京-小日向台町
小日向台町は一丁目から三丁目まで存在した。今日の小日向2~3丁目の領域に、南北に長い形で東から一、二、三丁目という形で並んでいた。
但し、小日向2丁目でも、かつて小日向水道町だった南部の低地は含まない。基本的にはその名の通り台地上の街である。
古くは畑地であったそうだが、江戸中期には町が開かれ、武家地もできている。「真景累ケ淵」冒頭に登場する因縁の大元たる旗本・深見新左衛門の屋敷は小日向服部坂上にあるというが、これは小日向台町一の南端あたりのことであろう(もしかすると小日向水道町かもしれん)。
現在はこの町内は殆んどが住宅地となっている。住宅以外は少数の商店のほか小学校と寺がある程度。茗荷谷町会のように駅や大学もなく、また第六天町や水道町などのように通りにも面していない奥まった町であるからだろうか。


(2)茗荷谷町会
0802文京-茗荷谷 (1) 0802文京-茗荷谷 (2)
茗荷谷は現在は東京メトロ丸ノ内線の駅名に残っていることでしか知られていないかもしれないが、同駅裏・拓殖大学あたりから小日向公園の北側くらいまでを指す旧町名でもある。現町丁で言うと小日向1・2・4丁目(それぞれ部分)である。
先ほどの小日向台町町会と比べると、鉄道施設や大学があるのが特徴的。東側の谷と、西側の台地という塩梅で地形的にも起伏が大きいのが特筆される。
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